長野県・小海町の民話をもとに新たに制作する小海オペラ劇場『くじらの夫婦』。今回のコラムでは、作曲を担当する西下航平さんにインタビュー!『くじらの夫婦』の楽曲はどのように生まれるのか、じっくり伺いました。公演詳細はこちらスケールの大きさを意識します来年上演の新作オペラ『くじらの夫婦』で作曲を手掛けるのは、西下航平(にしした・こうへい)さんです。オーケストラから室内楽、合唱まで幅広く作曲・編曲をされてきた西下さん。2021年には初のオペラ作品も上演されました。小海町をちゃんと訪れたのは、今年4月の『くじらの夫婦』制作ミーティングが初めてという西下さん。Q.小海町で印象的な場所はありましたか?やっぱりこの町自体が、僕の地元になんとなく似てるというか。山と川があって、なんとなく近しい印象を受けたんですよね。僕の実家が石川県白山市の鶴来っていうところなんですけど、鶴来も山の方に近い地域だったので、なおさら親近感がありますよね。小海町から見える山々Q.小海町での体験が作曲に生きた部分はありますか?山がちな地形、起伏が多い地形ゆえに見える、この景色の雄大さといいますか。視点の高さに端を発する視野の広さというか。そういうスケールの大きさというものをやっぱり意識します。今回、くじらっていう地球上で最大の哺乳類の話じゃないですか。越後の海から始まって、全体的にスケールのデカい話になっていますから、音楽も矮小になりたくない。あとは、小学校に行ったときの子どもたちの素直さ、明るさ、伸び伸びと過ごしている様子とかを見ると、「わらべうた」の様子はなんとなく想像がつくものかなと思います。「松茸の精のわらべうた」は、くじらの夫婦が小海への旅の途中で出会う“松茸の精たち”が歌う1曲。8月9日に開催するプレコンサートでは、地元の小中学生によって歌われます。ふるさとを知る機会にQ.“ご当地オペラ”と銘打った今回の企画を聞いて、どう思いましたか?全国的にみて、町おこしにオペラを使うというのは、実はそう珍しいことではないです。コロナ禍前のデータですけど、1年に350回ほどは日本語のオペラが演奏されていて、そのうち50回くらいは“ご当地オペラ”やそれに類するものなんですよ。いろいろな題材をもとに、いろいろなオペラをつくっていらっしゃる。長野県だけで考えても『山と海猫』というオペラをつくっていたし。それが“ご当地オペラ”に入るかどうかはわからないですけど。でもその中で、町に伝わるお話を使って、新しい脚本を書いて新しいオペラをつくり出すっていうことは、ふるさとを知るという意味でもとてもいいものだと僕は思うんですよね。僕が前に書いたオペラ(「歌劇 幕臣・渋沢平九郎」)も、そういう類のものです。それは地域に知られる偉人の話だったわけですけども、そういうことで教育的な意義もあるかなと思いますよね。こういう試みはとても面白いですよ。オペラを通じて今まで知らなかった町のお話を知れるわけじゃないですか。非常に知的好奇心を刺激する行為で、とても面白いなと。小海っていう地名がなんで“小海”なのか、とか。こういうご縁でもなければ、なかなか知る機会のない話だったと思います。民謡や遊び歌の要素を取り入れてそして話題は、日本語で歌うオペラの話へ。Trio99(トリオ ツーナイン)ではこれまで、モーツァルトの『魔笛』をもとにした『マテキテキ』や、プッチーニの作品を集めたコンサート『プッチーニの世界』など、ドイツ語やイタリア語のオペラを多く取り上げてきました。ところが、日本語で歌うオペラは今回の『くじらの夫婦』が初めてです。Q.日本語で歌うオペラやミュージカルが世界的に広まっていないのはなぜでしょう?それはひとえに、言語という壁が大きすぎますね。例えば、英語だったらまだ馴染みがあるから何とかできると思うんですけど、日本でアラビア語のミュージカルをやろうとしてもなかなかハードルが高いですよね。それと同じことです。日本のオペラだっていっぱいあるわけです。日本でよくやられる演目としては、團伊玖磨さんの作曲した『夕鶴』というオペラがあります。「鶴の恩返し」がもとになった作品です。『夕鶴』って、日本ではものすごい演奏されているけど、海外ではほぼほぼ演奏されない代物です。ヨーロッパの人にしてみれば、馴染みのない日本語のオペラをやるよりもプッチーニの『蝶々夫人』をやった方が気楽でしょう?日本が題材だけど歌はイタリア語なので、その方がみんな楽にやれる。オペラの本場はヨーロッパですから。その辺りはどうしても仕方のない部分なのかなと。それでも日本の面白いところは、(海外から)オペラというものを持ってきて、原語だと馴染みがないからと日本語に訳してやっていた。大正時代に、浅草を中心に小さい編成でやっていた“浅草オペラ”というものがあったんですけど。そういう(異文化を)取り入れてこようとする姿勢は、日本は結構強いんじゃないかなと思います。ミュージカルもオペラも、西洋の文脈で使われているんです。日本の音楽に乗せてミュージカル、オペラをやっているわけではない。それはもはや、歌舞伎とか文楽とか能楽とか、そういう方向にいっちゃうわけですよ。だからそもそも(オペラと日本語の間で)適応不全は起こしていて。その中で僕は、日本の民謡風の旋律だったり、民謡風の音組織を使うことで人口に膾炙する作品を作れたらと思っています。だから今回の「わらべうた」なんかは、見かけ上は結構複雑な譜面をしていますけど、歌ったらそうでもない。あれはやっぱり「あんたがたどこさ」といった変拍子の民謡だったり、あるいは「おちゃらかほい」「花一匁」みたいな掛け合いをする遊び歌だったり、そういった要素を取り込みつつ作曲した作品なので。それがうまくいったのなら僕としては望外の喜びです。ちょうどこのインタビューを行ったのは、児童合唱メンバーによる「わらべうた」の練習 直後でした。メンバーが歌う「わらべうた」を初めて聞いた西下さんは...。Q.初めて歌ったとは思えないほどでしたよね!僕はびっくりしました!素晴らしいですよ。子ども達もスポンジのように、水を吸うがごとくスッと(歌が)入っていく。また、内田先生の軽妙な語り口とご指導のおかげで馴染んでやれたっていうことも、とても良いことだと思いますし、今後がすごく楽しみになってくる初回だったと思います。(後編へ続く)児童合唱メンバーを見守る西下さん(左)と、木村はる奈(Trio99)オペラ『くじらの夫婦』は、2025年11月9日(日)上演小海オペラ劇場『くじらの夫婦』は、2025年11月9日(日)小海小学校にて幕を上げます。まだ少し先ですが、開幕に向けた準備は着々と進行中...。西下さんのお話にもあった通り「スケールの大きい」オペラが生まれようとしています!ぜひご期待ください!西下さんへのインタビュー後編は、今月下旬公開予定こちらもお楽しみに!小海オペラ劇場『くじらの夫婦』2025年11月9日(日)小海小学校 体育館